誰からも好かれたい、誰にでもいいところを見せたい。八方美人な気持ちは誰にでもあります。しかし、あまりにもこのような気持ちが強すぎる人がいます。こういった人は、他人に対して本当の自分を出せない、誰にでもいい人を演じてしまうなどの傾向があります、
八方美人な人の心理
他人への偏った気持ちは、他人のちょっとした反応や言動に対して心は傷つき、悩み苦しみますが、本人は何故そのような心理状態になってしまうのかが理解できません。
そんな状態が長く続くと、やがては人と接することを拒み、引きこもりやうつなど内面にこもるケースや、暴力や犯罪など攻撃的に外に向けられる場合があります。
それでは何故そのような性格になってしまう人がいるのでしょうか。
どうして八方美人な性格に?
多くの場合は、本人が幼い頃の親の性格や接し方によるものが大きく影響を与えています。
誰もが多かれ少なかれ、何かしらの劣等感を抱えているものです。しかし、あまりにも大きな劣等感の強い親に育てられた子供は、その親の劣等感のはけ口となってします傾向にあります。
通常、親は子供に対して多くの愛情を注ぎながら育て慈しむものです。日々の子供の成長に喜びを感じ、時には褒め称え、時には叱咤し、時には励ましながらその成長を見守るものです。
しかし、劣等感の強い親はそれらのことができません。つまり子供に対して本当の愛情を抱くことができないのです。何故ならその親も劣等感の強い親に育てられたからです。
つまり自分は愛情を注がれた記憶がないので、我が子に対しても同じような接し方しかできないということです。それでは、子供に愛情を注ぐことができない親の、子供に対する接し方とはどのようなものなのでしょうか。
一例として、「こんなにもあなたのことを思っているのに、どうして私の気持ちをわかってくれないの」といった言葉を口にします。一見子供へのしつけの言葉のように思われますが、実はそうではありません。
この言葉の裏の意味は、親は子供に対して、自分への同情を強要する心理が見え隠れしています。子供への愛情を表現する気持ちが薄いことにより、逆に子供に愛情を注いでもらうことに精一杯であるかのようです。
子供は親からそのような言葉を耳にしても、決して勇気付けられたり、力づけられることはありません。それどころか逆に困惑し、途方にくれるだけです。
また、子供が学校でいい点を取ります。その時は喜んで褒めることをしますが、逆に子供が悪い点を取った時は、その親はがっかりした表情を浮かべます。言葉では「次に頑張ればいいじゃないか」と言っても、その親のがっかりした表情や態度が子供を傷付けます。
その親の表情に微妙に反応する子供は、次は親に好かれよう、がっかりさせないようにしようと、親の期待に過剰に応えようとします。
そのようなことが日常のように親子関係に起きていると、やがてその子供が大人になった時は、他人の期待を裏切らないようにしようという気持ちが強くなります。つまり誰にでも好かれたい、誰にでもいいところを見せたいという気持ちが強くなります。
でも大方の人は、誰にでも好かれたいと思う人のことを好きになることは少なく、また、誰にでもいいところを見せたいと思う人のことなど好きになることなどは、まずないと言っても過言ではありません。
その他人との大きな気持ちのギャップは、本人を傷つけ、悩み苦しませ、場合によってはうつなどの精神的病に陥らせたり、暴力や犯罪などに借り立たせる原因となることがあります。
誰からも好かれたいをやめるには?
それでは、そういう気持ちの強い人は、どのようにしたら良いのでしょうか。
まずは、過去の記憶を蘇らせ、その時々に親から言われた言葉や態度、表情を思い浮かべてください。そして、それらに対して、言葉は悪いのですが、「このクソばばあ」とか「このクソじじい」など、自分なりに親に反抗する言葉をつぶやくなり、叫ぶなり、できれば心に思うだけではなく、口に出して言ってみることです。
少し嫌な気持ちになることがあるかもしれませんが、このことはとても大切です。
こういう人は、過去に反抗期を経験していないことが多いものです。つまり、子離れができていない親と、親離れができていない子供の関係が精神的に続いてしまっているものです。あえて親を罵る言葉を口にすることにより、強制的に過去を変えることができるものです。
完全な親など、どこにも存在しません。ただ単に、親は完全なのもだと勘違いさせられていただけです。そのことを認識することはとても大切です。
また、本当に自分のやりたいこと、好きなことは何かを自分に問いかけてみましょう、焦ることはありません。そのことが見つかれば、そしてそのことができるようになれば、自分に自信が持てるようになります。
つまりセルフイメージが向上します。セルフイメージが向上すれば、他人の思惑や他人のもを気にすることなく生きていくことができるようになります。それは決して短時間でできることではありません。時には心が揺らぐ場面が多々あります。
しかし、自分の人生を他人の責任にすることなく、自分の人生を全うするという強い覚悟を持ち、やがては自立した自分に生まれ変わっていることを実感できることでしょう。